第2話 愛知と滋賀の歩き方

これは,とある目的で熊本を訪れた男 (2022/11参照) のその後の物語である.

ひたすら彼を付け回したが,なぜか一度も名前を教えてくれなかった.

だから,John Smithと呼ぶことにする.

 

 

 

 

129日,John2日間の電子デバイス研究会を終え,名古屋駅に向かった.

日本三大都市に数えられるこの街は,夜の19時を回ろうとしていた.

空を見上げれば,ビルの隙間に冬の大三角が覗く.

 

クリスマスツリーが星屑のコンチェルトを奏でている.

光彩に少しめまいを覚えながらも,Johnは駅ビルに入ってゆく.

 

○○○○という店に入るJohn

彼は「味噌カツ」と呼ばれる名古屋名物を注文した.

料理を待つ間,彼はこう語る.

 

「この店は,土日すごい混むから平日が狙い目だよ.」

 

どうやらここに来るのは2回目らしい.

しかもその時と同じメニューを頼んだとのこと.

飽きないのだろうか?

 

2回食べて飽きるくらいなら,名物にならないでしょ.」

 

なるほど,一理ある.

確かにこれはいくらでも食べられる気がする.

Johnは一口食べてこう言った.

 

「ご飯と肉の味がする!」

 

そりゃそうだ.

 

 

 

 

翌朝,Johnはすでに支度を終えてホテルを出ようとしていた.

そういえば彼は昨晩,「100万回生きたねこ」という絵本を読みながらこう言っていた.

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「俺は明日,朝一で電車に乗る.」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

彼に置いて行かれそうになりながらも,何とか追いついた.

東海道線に乗って名古屋から出るようだ.

電車に揺られて1時間半,一度乗り換えて目的地にたどり着く.

 

長浜城,1573年に羽柴秀吉が建てた城だ.

青空のキャンバスが城の輪郭を鮮明にする.

羽柴秀吉はここから出世し,17年後に豊臣秀吉として天下統一する.

 

 

 

 

「長浜港,長浜港」という声が耳にこだまする.

気づけば船に乗っていた.

目の前に,コバルトブルーの水面が広がる.

日本最大の湖,琵琶湖の上をタイタニックのBGMとともに船は進む.

 

 

 

 

船が錨を下ろしたのは竹生島.

輝く水平線の彼方に,甲賀の山々が霞む.

 

琵琶湖に浮かぶこの小さな島は,意外にも歴史を感じさせるものがあった.

冬紅葉が覗く山に,石垣や鳥居,社が立ち並ぶ.

 

小さな鳥居をくぐり,坂を登る.師走の寒さが身に染みる.

 

山の頂に仏閣が姿を現した.

宝厳寺,奈良時代に行基が開創したらしい.

 

お寺の中には展望台があり,琵琶湖を一望できる.

Johnは言った.

 

「海は広い.世界はもっと広い.」

 

ちょっと何言ってるか分からない.

山を下りて,彼はまた船に乗り,竹生島を後にした.

 

 

 

 

いつの間にか夕方を迎えていた.住宅街を抜けた先に次の目的地があるという.

夕暮れの住宅街にどこか懐かしさを感じつつ,Johnは店にたどり着いた.

注文したのは,近江牛のすき焼き.

彼は束の間の贅沢を味わった.

 

 

 

 

夜,Johnは最後の目的地,彦根城に訪れた.

水面に映る夜の城郭は,幻想的な情景を醸し出す.

 

城は静かに,しかし力強さを秘めながら,宵闇に佇む.

 

 

 

 

熊本と同じように,ここにも謎の生命体の目撃報告がある.

城を出ようとしたとき,我々はそれに遭遇した.

猫のようなそれは,静かに笑う.

そして何も言わず,闇に消えた.

 

それとよく似た看板を見つけた.

晴れやかな表情を浮かべている.

看板の裏に「ひこにゃん」と書かれていた.

 

 

 

 

旅を終えてJohnは満足そうな表情で名古屋駅を発とうとしていた.

財布から「福岡行きの航空券」を落としたので,それを拾って渡す.

Johnは礼を言って,人が行き交うホームへと消えた.