これは,とある目的で熊本を訪れた男 (2022/11参照) のその後の物語である.
ひたすら彼を付け回したが,なぜか一度も名前を教えてくれなかった.
だから,John Smithと呼ぶことにする.
12月9日,Johnは2日間の電子デバイス研究会を終え,名古屋駅に向かった.
日本三大都市に数えられるこの街は,夜の19時を回ろうとしていた.
空を見上げれば,ビルの隙間に冬の大三角が覗く.
クリスマスツリーが星屑のコンチェルトを奏でている.
光彩に少しめまいを覚えながらも,Johnは駅ビルに入ってゆく.
○○○○という店に入るJohn.
彼は「味噌カツ」と呼ばれる名古屋名物を注文した.
料理を待つ間,彼はこう語る.
「この店は,土日すごい混むから平日が狙い目だよ.」
どうやらここに来るのは2回目らしい.
しかもその時と同じメニューを頼んだとのこと.
飽きないのだろうか?
「2回食べて飽きるくらいなら,名物にならないでしょ.」
なるほど,一理ある.
確かにこれはいくらでも食べられる気がする.
Johnは一口食べてこう言った.
「ご飯と肉の味がする!」
そりゃそうだ.
翌朝,Johnはすでに支度を終えてホテルを出ようとしていた.
そういえば彼は昨晩,「100万回生きたねこ」という絵本を読みながらこう言っていた.
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「俺は明日,朝一で電車に乗る.」
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彼に置いて行かれそうになりながらも,何とか追いついた.
東海道線に乗って名古屋から出るようだ.
電車に揺られて1時間半,一度乗り換えて目的地にたどり着く.
長浜城,1573年に羽柴秀吉が建てた城だ.
青空のキャンバスが城の輪郭を鮮明にする.
羽柴秀吉はここから出世し,17年後に豊臣秀吉として天下統一する.
「長浜港,長浜港」という声が耳にこだまする.
気づけば船に乗っていた.
目の前に,コバルトブルーの水面が広がる.
日本最大の湖,琵琶湖の上をタイタニックのBGMとともに船は進む.
船が錨を下ろしたのは竹生島.
輝く水平線の彼方に,甲賀の山々が霞む.
琵琶湖に浮かぶこの小さな島は,意外にも歴史を感じさせるものがあった.
冬紅葉が覗く山に,石垣や鳥居,社が立ち並ぶ.
小さな鳥居をくぐり,坂を登る.師走の寒さが身に染みる.
山の頂に仏閣が姿を現した.
宝厳寺,奈良時代に行基が開創したらしい.
お寺の中には展望台があり,琵琶湖を一望できる.
Johnは言った.
「海は広い.世界はもっと広い.」
ちょっと何言ってるか分からない.
山を下りて,彼はまた船に乗り,竹生島を後にした.
いつの間にか夕方を迎えていた.住宅街を抜けた先に次の目的地があるという.
夕暮れの住宅街にどこか懐かしさを感じつつ,Johnは店にたどり着いた.
注文したのは,近江牛のすき焼き.
彼は束の間の贅沢を味わった.
夜,Johnは最後の目的地,彦根城に訪れた.
水面に映る夜の城郭は,幻想的な情景を醸し出す.
城は静かに,しかし力強さを秘めながら,宵闇に佇む.
熊本と同じように,ここにも謎の生命体の目撃報告がある.
城を出ようとしたとき,我々はそれに遭遇した.
猫のようなそれは,静かに笑う.
そして何も言わず,闇に消えた.
それとよく似た看板を見つけた.
晴れやかな表情を浮かべている.
看板の裏に「ひこにゃん」と書かれていた.
旅を終えてJohnは満足そうな表情で名古屋駅を発とうとしていた.
財布から「福岡行きの航空券」を落としたので,それを拾って渡す.
Johnは礼を言って,人が行き交うホームへと消えた.