第1話 熊本の歩き方

日本の街は驚きに満ち溢れている.だが,熊本ほど我々の常識を凌駕する街は他にはないだろう.

とある目的でこの街にやってきた男の一部始終を語る.

 

 

 

 

1031日,天空を舞う飛行機という名の鳥に乗って,夜の帳とともに熊本へ降り立つ.

街では仮装した人々が練り歩く.ハロウィンの文化は東京と変わらないようだ.

しばらくバスに揺られて,ホテルに到着した.

〇〇〇〇〇〇ホテル,これが彼の拠点らしい.

 

 

 

 

8時,熊本は11月最初の朝を静かに迎えていた.

彼は眠い目を擦りながら,花壇に目をやる.

人一人見当たらない早朝の熊本は,彼に新たな冒険の始まりを告げる.

 

 

 

 

初めての街並みを堪能した彼は,気づけばラーメン屋の椅子に座っていた.

どうやらこの街ではラーメンが有名らしい.

早速一口食べてみる.

麺とともに口に広がるのは,柔らかな豚骨の味わい.木耳や海苔も中々のものだ.
普段から時々ラーメンを食べるが,やはりコクが違うようだ.

彼は後に多くの友人に熊本ラーメンのおいしさを語ったという.

 

 

 

 

この街に一際目立つ建物がある.

熊本城,400年以上前に築かれた城だ.

高い石垣にそびえ立つ天守閣,その瓦屋根は美しい曲線を描く.

工学と美学,二つの秩序が生み出したこの趣深い建物は,
戦国時代に名を馳せた築城の名手,加藤清正がこの世に残した歴史の形見と言えるだろう.

 

男は加藤清正に敬礼し,熊本城を後にした.

 

 

 

 

夜の熊本は,昼とはまた違う雰囲気を醸し出す.

居酒屋が立ち並ぶどこかノスタルジックな商店街は,
彼にジブリの世界に迷い込んだと錯覚させる.

様々な焼き鳥を味わい,その日の疲れを癒す.

彼が心にしまい込んだもう一人の自分が,彼に語りかける.

 

「旅先の醍醐味は居酒屋の二軒目だ.」

 

 

心のままに立ち寄った二軒目,最初の注文は馬刺し.

熊本では,馬を刺身にして食べる文化があるようだ.

おいしい.男はこの一言にすべての思いを込めた.

 

次に注文したのは辛子蓮根.

おいしい.男はこの一言にすべての思いを込めた.

 

 

 

 

初めて見る生き物がいた.

眉一つ動かさず,我々に理解されることを拒むかのように,こちらを見ていた.

カメラを構えても逃げない.人には慣れているようだ.

その生命体は語り出した.

 

「ムオォォォン,ム,ムォン,クマ゛ム゛ウウオオオオオォン!」

 

我々の理解を超える言葉で何かを伝えようとしている.

それの生態はまだよく分かっていない.その貼り付けた黒い笑顔の奥は誰も知らない.

 

ただ一つだけ分かったことがある.

人が「くまモン」と呼ぶそれは,どこからともなく現れて人を魅了する.

 

男は今でもその変わらない笑顔を思い出すという.

 

 

 

 

男が最後に訪れたのは阿蘇山.標高1592m,南北25kmの巨大なカルデラを擁する火山だ.

市街地から山麓へ車を走らせること1時間,目の前に滝が姿を現した.

 

鍋ヶ滝,9万年前の巨大噴火で出来たらしい.荘厳な光景は見る人の言葉を失わせる.

 

車で山を登り,辿り着いたのは大観峰(だいかんぼう).

ここは阿蘇カルデラの外輪山に位置し,阿蘇山の山並みを一望できる.

すすき野原の斜面の向こうに平原と山が見える.

阿蘇山,それは幾星霜の時を越えて煌めく大地の芸術だ.

 

 

馬がいた.

雄大な自然を目の当たりにし,彼は何を思う?

 

 

 

 

熊本を飛び立つ時間がやってくる.夕日とともに,熊本に別れを告げる.

雄大な自然と謎の生命体にもう一度出会える日は,来るのだろうか?